科学研究費補助金 基盤研究(A)(一般)(H29〜H33)17H00966「グローバル時代のエリートと対抗エリートの平等観と政策ネットワークの変容」

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研究内容

政策決定にどのような政治アクターが影響力をもっているかという問題は、長らく政治学の中心テーマのひとつであった。社会や集団において指導的・支配的な役割を受けもつ層をエリート(élite)というが、古くから、少数の政治・経済・軍事のエリートの利益は一致し、協力して大衆(mass)を統治しているという「権力エリート」(power elite)論があった。これに対して1950年代の米国で、政策決定を行う権力は政策領域ごとに異なるという「多元主義」(pluralism)論が登場した。日本にも、自民党の長期政権下、自民党―官僚―財界が政策を決定しているという「権力エリート」論が存在したが、1970年代末から80年代にかけて、日本の政策過程を「多元主義」と説明する研究が現れた(大嶽秀夫『現代日本の政治権力経済権力』三一書房、1979年など)。他方、労使の頂上団体と政府の協調によって政策決定がなされているというコーポラティズム論なども登場した。

1980年、三宅一郎神戸大学名誉教授・綿貫譲治上智大学名誉教授らによって、マスメディアのリーダー、文化人なども包含する中央・地方のエリート約2,000人に対する「エリートの平等観」調査が実施された(三宅一郎他『平等をめぐるエリートと対抗エリート』創文社、1985年;Sidney Verba et al., Elites and the Idea of Equality: A Comparison of Japan, Sweden, and the United States, Cambridge, MA: Harvard University Press, 1987)。この調査により、保革イデオロギーや政策選好によってエリート相互の接触はパターン化され、自民党・官僚からなる権力の中核に接触できる保守的な経済団体や農業団体と、そこから排除される革新的な労働団体や市民団体に二極化されており、後者は野党とともに対抗エリートを形成していたこと、ただしほぼすべてのエリートから影響力が大きいと認知されているマスメディアによって、対抗エリートの主張は権力の中核に注入されていたことが明らかにされた(Ikuo Kabashima and Jeffrey Broadbent, “Referent Pluralism: Mass Media and Politics in Japan,” Journal of Japanese Studies 12 (Summer 1986): 329-361)。

しかしこのような政策決定に対する影響力構造は、グローバル化やいわゆる「格差社会」の進展、統治機構改革によって変容していると考えられる。欧米では、エリート内部の凝集性やエリートの権力に関する研究が行われている(たとえばMattei Dogan ed., Elite Configuration at the Apex of Power, Brill, 2003; Mike Savage and Karel Williams eds., The Sociological Review Monographs: Remembering Elites, Wiley- Blackwell, 2008)が、1980年の調査から約40年が経過しようとしており、エリートが世代交代した日本の現状を実証的に分析することが必要だと考える。

本研究は、第1に、グローバル化や「格差社会」の下でエリート・対抗エリートの「平等観」や政策選好がどのように変化したかを明らかにする。「エリートの平等観」調査は、経済的・社会的・政治的な平等の現状、理想、平等化政策への政府の役割に対する認識、さらにエリート集団の影響力評価や政治家・官僚・マスメディアへの接触度、支持政党、イデオロギーなどもたずねている。同様の項目を調査に入れて分析することで、約40年前と現在の日本のエリートの意識や政策選好の共通点・相違点が明らかになる。

第2に、エリート・対抗エリートが、何を考え、市民から表出される利益をどのぐらい政策に反映させているのかを明らかにする。研究代表者は、データの欠如から、国会議員や社会団体リーダーのデータを用いてこの問題を考察するにとどまってきた。官僚や経済人、文化人、マスメディアも広く対象とした調査を行うことで、それぞれのアクターの政策選好が明確になる。また有権者調査も併用し、市民の選好との距離も明らかにする。

第3に、エリート集団間の協調―対立度、相互の影響力評価、またエリートの政策選好と帰結との距離を測ることで、現代日本のエリートと対抗エリートがどのようなものであり、政策決定に対する影響力構造や政策ネットワークがどのように変容したかを明らかにする。