このエッセイは、国際総合学類の意見ではなく、あくまで内藤久裕個人としての意見であることを承知いただきたい。ゆえに文責はすべて内藤にある。

 

 

新学期が始まってまもなくすると多くの学生が私の研究室や授業のあとに質問に来る。彼らはみな勉強熱心である。ほとんどの学生が、「自分は途上国の開発に関心があります。将来は途上国をたすける仕事をしたい」と言う。

 

しかしながら、公共政策を研究するという私の専門性からかもしれないが、違和感を感じてしまうのである。

 

現在の日本経済がおかれている状況は最悪である。バブル以降の不景気からいまだ抜け切れておらず、この20年間ほぼ名目成長ゼロという経済成長を続けている。また850兆円にものぼる債務をかかえ、また小子化にははどめがかからず、将来の社会保障制度の維持可能性の展望もない。

この状況では、日本が三流国に転落するのは時間の問題である。そんなこと想像もできないと思うかも知れないが、50年ぐらいまえは、この国はあまりに貧乏すぎて中南米に日本人が移民として出て行ったのである。そのことを考えれば、三流国への転落もあっという間であろう。

私が違和感を抱くのは、バブル経済後20年間にもわたって経済成長に失敗し続け、これらか三流国に転落する可能性が大であるにも係わらず、他の”かわいそうな国”をたすけてあげたいというセンスの悪さである。日本は経済的に裕福だから他の貧しい国を「たすけなければならない」というのはバブル時代の発想である。いまの学生が30代になっているときには、日本に他国を「助ける」よゆうなどないであろう。

他国からしてみれば、「他の国より、自分の国を心配して、自分の失敗を立て直して、日本の経済を成長させろ。よい見本を確立してからわれわれのの事を心配してくれ」というのが本音であろう。

国際総合学類の学生である以上、国際的ななにかに関心があるのは理解できる。グローバリゼーションの時計はもはやもとに戻すことはできない。その観点でいえば、国際総合学類の学生に期待されるのは、グローバリゼーションの枠組みで日本自身をどう建て直し再発展させるかという問題意識と解決策の提案ではないであろうか。たとえば、FTAや移民の積極的受け入れ、医療の海外へのアウトソーシング、多国籍企業の優遇、農業自由化、ゼロ法人税地域の創出、安定的為替システムの創出ど、グローバリゼーションの枠組みをいかした、方策はまだまだあるはずである。若い学生から新しい発想がでてくるのを期待したい。